一人カラオケ大会

皆さん歌うのは好きですか?私はめちゃくちゃ好きです。

 

 

 

 

 

 

家にいるときは9割方歌って過ごしています。それも結構な音量で。

 

 

 

 

もはや歌うことが生活の一部。

 

 

 

 

 

隣人から苦情が来そうなものだけど幸いこの3年間で一度も来たことはない。本当に聞こえないのか、聞こえまくってるけど我慢してくれてるのか、私の歌声に魅了されて聞き入っているのか。三つ目だと信じている。

 

 

 

 

人々って妄想が大好きだと思うんです。

 

 

 

 

 

 

満員電車に乗ってるとき、ここで私がマジキチゲージMAXで暴れ始めたらどうなるんだろうみたいな。

 

 

 

そういう妄想って一度はしたことありますよね?ない?ありますね。

 

 

 

 

キチゲMAXで暴れることは無いにしろそこで思いっきり歌ってみたくなることはある。ここで歌ったら俺はどうなるだろうか。近くにいる可愛いJKはどうする?

 

 

 

 

 

流石にそれだけはしない。

 

 

 

 

人間ってキチゲMAXで暴れようと思えばいくらでもそれができるんですよね。みんな暴れたい欲望を抑えて日常生活を送っているだなんてストイックですね。

 

 

 

 

 

なんだっけ。そんな感じであまりにも歌ってる時間が多いから外にでたときもふとした拍子に歌っちゃいそうになるんですよね。

 

 

 

 

特にチャリに乗ってるとき。チャリって自分が乗ってるときは凄く速く感じるんですけども、よっぽど爆速でもない限り客観的に見たら別にそんなことはなくて。

 

 

 

 

 

てか一回歌ったわ。いま高速で走ってるし周りにも人いないから少しぐらい歌えるっしょぐらいのノリだった気がする。

 

 

 

 

 

気付くとノリノリで嵐のTruthを歌っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タトエド↑ンナオワ」のところで後ろからさらに高速のチャリに抜かされた。確実に聞かれた。ド↑が高すぎて音を外したのも絶対聞かれた。

 

 

 

 

もしそのあとの信号待ちで再び会ってしまったら気まずすぎるので、私はアホみたいにチャリのペースを落とし、彼と距離を取ることだけを考えていたのである。

クソゴミみたいな競技を考えたから誰か試してくれ

人数は一チーム9人。会場は野球場。用意するものは守備チームがグローブ1つとバット8本。攻撃チームはグローブのみ。

 

 

 

キャッチャー以外の全ポジションではバットを持つ。

 

 

 

競技のルール

 

 

 

 

野球と大体同じ。

 

 

ピッチャーマウンドからキャッチャーに向けてボールを…投げるのではない、打つ。よってここでは投球という言葉は使わない。とりあえず打撃と呼ぼうか。キャッチーに向かって軽くノックする感覚。

 

 

 

バッターボックスに立っている人間は、ピッチャーからの打球(?)を打つのではない。まずは利き手にグローブをはめて捕ろう。

 

 

 

 

捕ったら一秒以内にボールをグローブをはめていない手に持ち(利き手と逆)、とりあえずフェアゾーンへぶん投げる。

 

 

 

守備についている人間は、バッターボックスから放たれた投球(?)を、手に持っているバットで打ち返し、ファーストへ転送する。

 

 

 

ファーストももちろんバットを持っている。ファーストが持っているバットに球が触れた時点で走者がファーストに到達していなければアウト。

 

 

 

ちなみに、守備の人間は、転がってきた球を素手で捕ったあと、ノックの要領で打ってもよい。しかし、球を手に持った時点で、一歩たりとも動くことは許されない。上半身の力だけで打つことになる。

 

 

 

そして、このルールだと守備の難易度が高すぎるので、ランナーの走り方は「後ろ向きハイハイ」に限定される。最早走っていないが、これぐらいの条件なら双方のチームが気持ちよく試合をすることができると言えよう。

 

 

 

ここまで書いたところでアホらしさが限界に達し、私は考えることをやめた。興味のある人は一度やってみてほしい。もう細かいルール(ストライクゾーンとか)も決めていいから。実際にプレイしてみた感想とか教えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えてくれ

高橋國光さんのシャウトパートのみを抜き出してみる

【haiku about kdyla】

 

 アアッ?ホウワッツァアアアィ!!!!!!

 

レゾナイカラウェエ??

 

エエッ?アアッ↓ワッツァアアアアアア!!!!

 

レゼナイカラウェエカーギャルスダッテエエ??

 

フザイカートゥーワ↑アア↓ア

 

ワッツァア

 

イザウェイ?

 

サーッガーッジャーッ ア"ッ ガアアランダアア!!!!

 

スタルハーブッジオーバッゲエエエエエエ↑

 

サッチュッデヘエランデエエエエエ!!!!

 

ワッガッドゥ

 

ワーガッダァアアアア↑↑

 

サーイアイノオオオオ!!!!

 

アサイジョデ‼ホワッツァイゲ!!!!

 

ワーガンラアアアアイ!!!!

 

サァギダセェ‼

 

アサイジョデ‼ホワッツァッドェ!!!

 

アーーッコナアイ

 

ィランジイイイイイイイイアア!!!!

 

イライアアア!!!!

 

フォッカチオオオオオオ!!!!

 

イライアイ!!!!

 

ユックダビワアアアアアイ!!!!

 

ライアアイ!!!!

 

ダッチグルオオオオ!!!!

 

ライアイ(安堵)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論:フォッカチオ

 

クラス替えとかいうコントロール不能のクソガチャ

と思ったけどそこまでクソみたいなクラスにぶちこまれたことはなかったと思う。

 

 

あんまり担任を嫌いになったこともないな。

 

 

多少理不尽な先生だったとしても、一年間この先生が担任であることに変わりはないのだから何も思わないでおこうと開き直っていた気がする。

 

 

たまにいるじゃないですか。その学年のすべての生徒が「この先生が担任になるのだけは…」と思うような人。それにあたったことは無いし、基本的に恵まれてきた方だとは思う。

 

 

続いて立ちはだかる問題はクラスメイトである。

 

 

始業式の日には、お願いですからどうか可愛いあの娘と同じクラスにしてくださいとか、死活問題なのであいつとは同じクラスにしないでねみたいなことを思いながら登校したものだ。

 

 

引きはそこそこくらいだったとおもう。

 

 

前述したようにあまりクソみたいなクラスに入れられたことはなかった。机と椅子が飛びかうようなことは無いし目の保養となるような女子がいなくてうんざりみたいなことも特にない。いや男子校時代は別だけど。仲良いやつらがみんな固まって同じクラスだったけど俺だけ別だったみたいな悲しいことは何回かあった。

 

 

高三の時はクラスに誰も同じ部活の人がいなかったので死んだと思ったが、結果的にはそれが部活以外の友人を作るきっかけになったので良かったと思う。

 

 

陰キャなりにも必要最低限のコミュ力は持っているのだ。

 

 

あとクラス替えの直後の自己紹介って辛いですよね。

 

 

特に高校時代、まあいつの時代もどこの学校もある程度そうかもしれないが、面白いことを言えないやつは死みたいな感じの風潮だった。

 

 

そういう瞬発力が求められる笑い(?)は本当に不得意な分野で、その時だけはちゅうえいみたいになりたかった。ちゅうえいは偉大である。皆も乃木坂46時間TVでれんたんこと岩本蓮加さんの電視台を見よう。やっぱり岩本蓮加さんなんやなって。

 

 

確か「私が作成した吹部のマジキチランキングでは私は0位です」みたいなこと言った気がする。ウケるわけがない。「0位」という部分が引っ掛かったのか少しだけリアクションがあった気がするがよく覚えていない。思い出したくもない。内輪ネタが外のコミュニティでウケるわけがないのだ。

 

 

面白かったものは記憶して来年以降に活かそうとするのだが、やはりウケるのは基本的に身体を張ったものである。例えば脱いだり歌い始めたりするもの。俺にはできない。陰キャがなんか急に頑張ってる図になるのが容易に想像できる。地獄絵図だ。教室は瞬く間に絶対零度を記録する。

 

 

そんな面白いこと言ってるわけでもないのになんか面白い人とかいませんでしたか?

 

 

そういう人に俺はなりたい。こればっかりは生まれ持った才能と人柄でしか成り立たないものだろう。 

 

 

とりあえず自己紹介で何か良い案があれば教えてください。身体を張る系以外で。

 

 

あっという間に今年度が始まってしまいました。皆様新しい生活が始まりますがお疲れの出ませんように。

 

 

俺は初回の授業からさっそく自主的に休講をかますといったクソっぷりを発揮しました。単位がほしいです。

バカ舌で謳歌する人生

こんにちは

 

いきなりですがバカ舌って素晴らしいですよ。

 

食べることに関して人より幸せのハードルが低い。安いもので満足できる。

 

メリットはこの二つだけだがこの二つだけで十分。

 

 

デメリットとしては、味の違いとやらがわかる、崇高な舌をお持ちの方々に見下されてしまう可能性があるぐらいだろう。

 

 

 

ところで私はなぜこのような味覚に育ってしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校のときの給食がヤバかったのだ。

 

今思えば、母の料理によって舌が肥え、その反動で給食を全く美味しいと感じなくなっていたのだろうか。いや多分絶対的に給食は美味しくなかったはずだけど。

 

給食の焼きそばとか最後らへん食ったためしが無い。なるべく残さないよう頑張っていたけど…。なんかすごい塊になってたり謎にちくわが入っていた。あれは焼きそばではなかったと思う。地獄。自分のことを焼きそばだと思っている地獄。地獄という概念を食べていた。

 

 

その後中学に進学し、昼は弁当になった。クソヤバイ給食とはそこでおさらば。給食はそういう、美味しくないものなのだと思っていた。

 

 

中二のときに転校をした。そこでは再び給食になるという。当然小学校のときの苦いというか不味い記憶が脳裏をよぎった。

 

 

 

また憂鬱なランチタイムを毎日過ごさなければならないのか…

 

 

 

 

 

しかし、新たな学校でいざ給食を食べてみると普通に美味しい。ご飯がうめえ。味噌汁もうめえしおかずもうめえ。どうした。

 

 

かみくだく」のエフェクトが出るぐらい強く噛まねばならぬほどの異常に硬いパンは出ないし冷えた八宝菜は出ないしちくわの入った地獄も出ない。それだけで十分だった。

 

 

中二の林間学校の宿で出た飯を皆が不味い不味い地獄だ温かいものが食べたいと咽び泣くなか私だけ異常に早く食べ終わっていた気がする。地獄で鍛錬されたバカ舌はちょっとやそっとのことで悲鳴をあげない。

 

 

若干話が逸れたが、とにかくバカ舌に育ったのは小学校の時の給食のおかげだ。

 

 

近所で買える500円の海鮮丼もバカみたいに美味いし、評価の分かれるあの担々麺屋もといカレー屋の担々麺も私は好き。

 

 

良い体質に生まれてよかったなと思う。毎日がごちそう。 

 

 

そういう標語ありそう。

 

 

 

皆さんもバカ舌になりたければ、とにかく美味しくないものを一杯食べよう。

 

 

 

 

苦しんだ先には、明るく幸せなハードルの低い食生活ライフが待っているはずだ。

姑息って姑息って意味じゃないのかよ

本来はそうらしい。

 

こ‐そく【姑息】一時の間に合わせにすること。また、そのさま。一時のがれ。その場しのぎ。「姑息な手段をとる」「因循姑息」

 

最後の四字熟語はちょっとわからないけどまあそういうことだ。「その場しのぎ」って意味らしい。その場しのぎはその場しのぎでいいんじゃないだろうか。

 

 

あと「敷居が高い」ってのも敷居が高いって意味ではないらしい。

 

 

敷居(しきい)が高(たか)・い

不義理や面目のないことがあって、その人の家へ行きにくい。

 

 

へ、へえ。姑息のときも思ったんですけど、使える状況限られすぎでは?まあこれを「行きにくい」の部分にスポットを当てて「ハードルが高い」という意味に転じて使うのも何となく理解はできる。でも前者と後者、どっちの意味の方が使う機会多いかって後者ですよね。

 

てか、「適当」をいわゆる「テキトー」の意味で使い始めたやつってマジでなんなんですかね。それで会話を成り立たせてしまったやつも何なんだ?アスペ??

 

適当さんサイドにももう少しプライドを持っていただきたかった。まさか自分が「いい加減」という意味で使われることになるとは微塵も思っていなかったのだろう。てか「いい加減」もなんかおかしくない?良い加減てことなの?「いい加減だなあ」って間違いなくマイナスのニュアンスだよね?

 

 

 

 

日本語は意味がわからない。最近はもう誤用をよしとする風潮もあるらしい。その方が色々な混乱を招かずに良いのかもしれない。

 

 

言葉の正しい意味などに囚われず、とりあえず伝わればいいやと思った言葉をどんどん使っていく、破天荒な人間でありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破天荒(はてんこう)

前人のなしえなかったことを初めてすること。また、そのさま。

 

 

 

 

へ、へえ…

今ガムテープで口を覆われたら死ぬ

早くブログを更新したい。

 

 

 

毎日忙しいはずの乃木坂のあのメンバーだって精力的にブログ更新してるというのに、走路からずれたにも関わらず後ろからミドリ甲羅を纏って激突してくる害悪プレーヤーにガチギレしてる私は何なんだ。

 

 

 

人間の体は欠陥だらけである。

 

 

生きるために必要な、呼吸の方法が2つしかないなんて。

 

 

しかもそのうちの1つはこの時期に高確率で使用不可能になるバグ持ちである。花の粉がほんとにヤバすぎる。

 

 

私はこのまま永久に鼻から放水を続け、そのうち脱水症状で死ぬのではないかと本気で思う瞬間が何度かあった。

 

 

 

 人間は雨と花粉に弱すぎる。

 

 

 

この二つ自体の歴史にどれぐらい差があるかは知らないが、何十年いやそれ以上に渡って人間を苦しめてきたことには変わりない。

 

 

 

雨にも花粉にも負け続けているのは現代のテクノロジー的には「失敗」だと言えるだろう。失敗を何十年も続けているのである。失敗から学べ。人間は失敗をして学ぶのだ。

 

 

 

 

皆様ほんとに花粉にはお気をつけて。私のように鼻のかみすぎで副鼻腔炎発症したりしないようにね。

 

 

 

ちなみに私の母は長年愛用していたアレジオンでは花粉症に太刀打ちできなくなってしまったらしい。マジかよ。